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トロピカルな真夏のヴァカンス気分 Y.M.O :君に、胸キュン。

トロピカルなビーチ


Photo by jcob nasyr on Unsplash

今日も見に来てくれて どうもありがとうございます。
今回はYMOの「君に、胸キュン。」をご紹介します。
トロピカルな雰囲気とリゾート感が溢れる、夏にピッタリな曲です。

 


PV監修は立花ハジメさん。なんだかんだでお3人ともノリノリで楽しそう。
特に細野晴臣さんの、はじけっぷりが見どころです。
あんな体勢で女性にアタックするなんて……

 

この曲はアルバム「浮気なぼくら」からの先行シングルで、
このアルバムの楽曲も前作「B.G.M」TECHNODELIC」の不気味でどこかロマンティックから一転、陽気で明るいサウンドです。
さすがに「B.G.M」TECHNODELIC」は夏のリゾートやビーチには似合いませんが「浮気なぼくら」は違和感なくピッタリはまります。
夏に合う邦楽といえば、大滝詠一さんのアルバム「A LONG VACATION」。そしてYMOの「浮気なぼくら」もお薦めですよ。

 


君に、胸キュン。

 

ここで「君に、胸キュン。」が完成するまでを振り返ってみます。
1981年1月15日に制作がスタートしたアルバム「B.G.M」は同年3月21日に発売、
同日にはアルバム「TECHNODELIC」レコーディング開始、81年11月21日に発売。
11月24日、仙台・宮城県民会館からスタートした国内コンサート・ツアー「Winter Live'81」が終了すると、音楽的にやり尽くし達成感があったYMOは活動を休止。
メンバーはそれぞれ歌謡曲への楽曲提供をはじめ、ソロ活動に専念していました。

 

そして1982年10月、YMOカネボウのCMソングの依頼があり急遽メンバーが集結。
「歌謡曲でヒットチャート1位をとろう」と細野晴臣さんが松本隆さんに作詞を依頼。
年下の女の子に翻弄される男をコンセプトにして制作されたのが「君に、胸キュン。」です。
1983年3月25日にシングルカットされ、オリコンヒットチャートで2位を記録。
同時期に1位をとったのは松田聖子さんの「天国のキッス」。松本隆さんと細野晴臣さんがタッグを組んだ作品でした。

 


松田聖子 「天国のキッス」

 

同時期には実質的に最後のアルバム「浮気なぼくら」のレコーディングもスタート。
「キュート」をキーワードに一見ポップなでありながら、
リン・ドラムというリズムボックスを実験的に使ったサウンドになっています。
ゲストミュージシャンに、1982年に高橋幸宏さんが発表したアルバム「What, Me Worry?」と83年のアルバム「薔薇色の明日」参加し、82年と83年に幸宏さんのソロコンサートのメンバーだったE-BOWのギターリスト、ビル・ネルソン氏(Bill Nelson)を迎えています。同アルバムは1983年5月24日に発売。


最後に、ここから散開・活動終了までを簡単に説明します。

  • 7月27日 シングル「過激な淑女」とアルバム「浮気なぼくら-インストゥルメンタル-」発売。
  • 9月28日 国際コミュニケーション年のテーマ曲「以心電信」発売
  • 10月15日 雑誌「GORO」のインタビューでYMOの散開(解散)を表明。
  • 11月23日 1983YMOジャパンツアー・スタート ゲストにデビット・パーマー氏(David Palmer)を迎える。
  • 12月14日 三宅裕司さん率いる劇団S.E.Tが参加したアルバム「Service」発売 ソロ作品集+コント的な内容。
  • 12月22日 日本武道館での公演を最後に音楽活動終了。
  • 1984年1月11日 1983YMOジャパンツアーのコンサートの模様を記録した映画「プロパガンダ」撮影スタート、28日にクラックアップ。
  • 1984年4月18日 映画「プロパガンダ」公開

 

Y.M.O (YELLOW MAGIC ORCHESTRA)

1978年2月、細野晴臣さんのアルバム「はらいそ」のレコーディング中に、セッションで参加していた坂本龍一さんと高橋幸宏さんを細野さんが自宅に招き、おにぎりを食べながら「マーティン・デニーの曲をディスコ化して400万枚売る」という細野さんの発想に、坂本さん高橋さんの2人が意気投合しYELLOW MAGIC ORCHESTRAを結成。
当初の予定では当時グラフィックデザイナーの横尾忠則さんも参加する予定が記者会見をキャンセルしメンバーには入らなかった。
シンセサイザーを駆使したテクノサウンドで、後に世界中の音楽界に影響を与えることになる。
1979年9月25日2ndアルバム「Solid State Survivor」発売。
同年10月13日トランス・アトランティック・ツアーをスタート。ロンドン、パリ、ニューヨーク、ワシントン、ボストンなどで公演を行い大成功をおさめる。帰国すると日本でも人気が爆発。音楽だけでなくファッションでも「テクノカット」が流行しYMOは一大ブームになる。
1981年に発表されたアルバム「B.G.M」「TECHNODELIC」は世界中の音楽家に多大なる影響をあたえた。
1984年4月5日、映画「プロパガンダ」の試写会に出席。これがYMO最後の仕事になる。
1993年2月に再生YMOとして再結成。アルバム「TECHNODON」発表、東京ドームでコンサートを行う。メンバー自身の本意ではなかったため3ヶ月ほどで終了。
2007年にYELLOW MAGIC ORCHESTRAとして活動再開。


参考:「浮気なぼくら」ライナーノーツ他